アートには人の心を動かす力がある。それはアートを鑑賞する時だけではなく、自分で描くときもだ。
スウェーデンには、「1%フォー・アート」、通称「1%ルール」という法律がある。これは、「人には、文化的な最低限の生活を送る権利がある」という考えに基づき、公共の建物を新築したり改築したりする際に、工費にかかる全予算のうち最低1%をアートに充てるよう定めたルール。

その歴史は長く、1937年にスウェーデン政府によって導入されたのが始まりだ。
このルールによって、病院をはじめとする公共の建物には、さまざまなアートが取り入れられるようになった。
そんな1%ルールの活動の一つでホスピタルアートがある。
ホスピタルアートとは、病院施設内に芸術作品を設置するプロジェクトを指す。アートを通じて、患者やその家族、そして医師や看護師の心を動かすことが大きな目的になる。
このホスピタルアートは、病院のフロア全体を大きな芸術作品のように考えるケースも多い。
例えば、消化器内科の待合室では、胃腸の具合を悪くする原因の一つとして考えられる「気持ちの落ち込み」を和らげるために、フロア全体が赤から黄、青へとグラデーションのように照らされるコンテンポラリー・アートが採用され、柔らかなネオンの光が患者の心を癒す働きをしていたり。
手術室へ向かう廊下の壁に、通常よりも低い位置にアートが飾られ、ストレッチャーに横になったまま移動する患者の目線に合わせていたりもする。
手術を控えて不安でいっぱいな患者の気持ちに寄り添い、アートを飾る位置にまで気を配ることも、ホスピタルアートにおける大切なポイントとなる。
これは、スウェーデンの例ですが、日本でも、国内外で活躍する銅版画家の山本容子さんが、「Art inHospital」という書籍を出している。
彼女は、入院していた父親が亡くなったあと、長い闘病生活を病院で過ごしていた父親がずっと無味乾燥なパンチボードの天井を見ていたのだということに気付いたという。
お見舞いの花や病室のテレビがあったとしても、入院患者さんやその家族にとっては、病室の天井や病室、いつも過ごしている病院内の環境こそが重要なもの。日本では、病院の設備や機能が向上する一方で、患者さんが長い時間を過ごすケアリングの場としての居心地のよさやデザインについては置き去りにされていることが多い。
山本容子さんが本場スウェーデンの「Art in Hospital」を取材した豊富な事例、彼女が作品を描いた中部ろうさい病院と和歌山県立医科大学附属病院での気づきと実践について、項目毎にわかりやすく紹介されている。
私は、だいぶ前にこの本を手にし、機会があれば、この考え方で空間デザインをしてその場所にいる人を幸せにできるチャンスがあれば、と考えていた。
高度経済成長の後、経済も停滞してしまった日本では、安く早く、機能性と安全、清潔が優先され、文化、アートは贅沢品であり、後回しになるテーマとなった。
ホスピタル=病院、が難しいのであれば、「ホスピリタリティアート」として、ホテルや学校、オフィスなどへの機会から。
心を動かす力を信じて、空間デザインの大切なテーマとして、考え続けていきたい。
また、心が解放されるアートを自由に描く機会が、子供にも大人にもあると良いのではないかと思う。
